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バーンラック幼稚園

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佐藤氏は1949年、秋田県本荘市生まれ。秋田県内にある高等学校を卒業した後、明治大学農学部に入学。その後、アジア諸国の農業分野における開発支援するアジア学院(Asian Rural Institute)で就職したことをきっかけに、タイ人を含むアジア各国の人々と知り合い、外国人との交流に興味を持つようになり、海外で働く決心をする。ボランティアとして、バングラディッシュ、ベトナム、ネパール、スリランカ、そしてタイと、各国を周り、現在はバーンラック幼稚園の経営者を務める。

座右の銘
「我々は人のために生きているべき」自分は今まで他人のためにやってきた。自分以外の他人のために何かをやってあげることによって多くのことを学ぶことができ、社会的価値のある人間になれる。

私の両親は秋田出身で、私が生まれたときは戦争が終わったばかりでした。当時、日本人の生活は非常に大変だった。私たちは貧しかったが、例え貧しくても、仕事があればどうにか生活できると考えていた。父と母は子供がごはんを食べられるよう一生懸命働いていた。そのため、私は、皆がお互いの面倒を見るという環境で育てられてきた。母は縫い物をしなければならないので、私が料理を作ったり、家事の手伝いをしたりして母を手伝っていた。そのことから、私は幼少時代から自分で色々な事をすることを学んだ。又、皆と一緒に時間を過ごすことも私にとってかけがえのない思い出だった。例え貧しい生活をしても、家族内の助け合いや他人のために何かをやってあげることが私にとっての良い思い出となっている。

又、私はいつも「プラス思考」を持っている。プラス思考になることによって、人生に起きた問題を乗り越えられ、不幸も少なくなる。私はタイ人が好きです。タイ人はいつもプラス思考で、一緒にいて心が休まる。例え人生の中で問題があっても笑って対処できる。そのため、私はタイが好きで、ずっとここで暮らすつもりです。

経験した難題は何か?又、どうやってその難題を乗り越えたか?
たぶん、子供時代に困難なことを経験したので、現在起きている問題に耐えていられる。又、私はプラス思考のため、それほど問題とは考えていない。多少人生に問題があっても、全ての問題は私たちを学ばせ、成長させてくれたのです。

タイについての意見

現在、タイの主な問題は政治問題だと思う。タイ人が二つに分かれるのは心配です。プレビヒアのケースも同じく、何かを決める前に皆と相談し、皆の意見を聞くべきだと思う。

日本ではNishiyama Yukio著作の「街道を行く」という本がある。この本には民間政治や政治の変化に対する思考が興味深く書かれている。学者やメディアはよく口にする。もし可能なら、タイ人にも読めるよう私がこの本を翻訳してタイで印刷しても良い。

次の世代へのメッセージ
タイ並びに日本の少年が自分の国の歴史をもっと勉強して欲しいです。なぜなら、もし、国の将来を担う人々が自国のことを知らなければ、国が良い方向に発展できるはずがない。

又、新しいことを常に学ぶことも欠かせないことです。私自身はもう60歳ですが、色々な事を学び、他人のために役立っていきたいです。

 
  所在地 : 77/254 Rajthevi Tower 19th Floor, Petchburi Rd. Rajthevi, Bangkok 10400
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